1人用ボイスドラマ台本
退役軍人(男)
配役

・退役軍人(男)


***


ああ、この腕かい。
よくわかったね。
こうして手袋をしていれば、たいていは気づかれないんだが……。
よかったら見てみるか?
軍の特製品ってやつだ。
ほら、ちゃんと指先まで動くだろう。
きっちり感覚があるわけじゃないんだが、日常生活には問題ない。
幸い、左が利き腕なんでね。
ああ、服で隠れてるから見えないが、根元までこれさ。
戦場で吹っ飛んじまった。
直後のことはよく覚えてないね。
気づいたら軍のベッドの上に繋がれていた。
生きているのが奇跡的だと言われたよ。
死んでいてもまったくおかしくなかった、ってね。
そして次に気がついたら、これを着けられていたのさ。
軍の最新技術を使った義手。
その第一号、いや、実験台か。
それになることを、どうやらおれは了承していたらしい。
熱や痛みで朦朧としていたからよく覚えてはいないんだけどね。
まあでも、意識がはっきりしていたとしても、おれは頷いていただろうな。
おれは根っから軍の人間でね。
片腕で戦場に出られないってのが耐えられなかった。
とはいっても、この腕に慣れるのは大変だったがね。
今じゃこうして思いのままに動かせるけれど、最初は人差し指一本まともに動かせなかったのさ。
そうだな、もう五年ほどになるか。
ああ、あんたも覚えているんだな。
二年前の戦いは、そりゃあひどいもんだった。
なにしろ人手が足りなくてな、おれも駆り出されたのさ。
……いや、自ら志願した。
三年も戦場に出ていない、それがどうにも耐えられなかった。
もちろん、止めてくれる奴もいた。
日常生活はほとんど問題がなかったけどな、戦いに出ていけるほどじゃない。
そこまで、意のままに使えるわけじゃない。
おれにもそれはわかっていた。
けれどおれは振り切って戦場へ出た。
なにしろこいつの第一号、実験台でもあったからな。
最終的には誰も止めはしなかった。
そして結果は……まあ、ここにいる時点でわかるか。
活躍らしい活躍もできず、結局はこの様だ。
さすがにこっちは気づかなかったか。
そうだ、こっちも吹っ飛んじまったよ。
まあこっちは根元からではなく、膝から下、だったがね。
右腕だけじゃなく、左足も失った。
これはもう足手まとい以外のなにものでもないと誰でもわかる。
おれは軍を去ると決めたよ。
そうしたらこれを着けられた。
退職金代わりだといってな。
こっちも軍の最新技術が使われてる。
手と同じように指先まで動く代物だ。
とはいっても、歩ける足をもらったところで、おれには行くところもないんだがね。
家族は元よりいない。
だから軍に入った、といっても過言じゃない。
おれにとっては軍が家であり、家族だった。
そこにしか居場所がなかった。
……そうか、あんたも家族はいないのか。
この村は静かでいいところだな。
前は賑わってたってことは、大分変わっちまったんだな。
でも、あたたかでいいところだ。
酒の味もいい。
最期を迎えるには、悪くない夜だ。
……なあ、あんた。
その懐にしまっているナイフ、使ってくれてもいいんだぜ。
おれには帰るところも行くところもない。
悲しむような人間もいない。
ただもう、軍の人間でもない。
それでもよけりゃ復讐ってやつをよ、成し遂げてくれても構わないんだぜ?
おれの体は、あんたの大切なものを奪った軍でできてるようなもんだ。
それであんたの気が済むなら、好きにすればいい。
おれにはこの手もこの足も、もうただの重い荷物みたいになっちまってんだ。
そろそろ解放されるのも悪くはないと思っていた。
何気なく来た村だったが、もしかしたらなにかに導かれでもしたのかも、な。
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