1人用ボイスドラマ台本
死神(男)
配役

・死神(男)


***


うん、わかる。わかるよお。
そりゃそうなるよねえ。
いきなり目の前に現れられても信じられないよねえ。
わかる。めちゃめちゃわかる。
わかるんだけどさあ、でもあんたが死んだってのは紛れもない事実なんだよね、残念ながら。
そんでおれがあんたの水先案内人である死神だってことも現実なんだよねえ、残念ながら。
え、そうは見えない?
うーん、そんなこと言われてもなあ。
信じられなくても、あんたの目の前におれがいるってのはほんとなんだよね。
夢じゃないかって?
まあ夢だといえなくもないし、そう思ってても構わないけど。
でも永遠に覚めないよ、これ。
まあいいや。仕事をしよう。
まずね、今からのあんたの選択肢は3つ。
ひとつ、このまま大人しく地獄行きを受け入れる。
ふたつ、地獄行きは嫌だからなんとか抵抗してみる。
みっつ、塵芥ほどの生前の善行を主張して、天国行きを乞うてみる。
この中から選んでもらうことになるけど、どうする?
どれを選ぶのもあんたの自由だよ。
けどまあおれとしては、ひとつめはあんまりおすすめしないね。
だってつまんないじゃん?
そんなすんなり受け入れられてもねえ。
ふたつめも、おもしろさとしてはいまいちかな。
こうなった以上、抵抗っていっても力でおれに勝てるわけもない。
死んだ人間が死神に力尽くで勝ったなんて話、聞いたこともない。
そんなささやかな抵抗をされたところでさ、ほら、あれだ、赤子の手をひねるように、ってやつ。
だから正直、みっつめを選んでほしいんだよねえ。
人間ってのはさ、どんな悪人でも、なんかひとつくらいはいいことってのをやってたりするんだよね。
どんな小さな、どんなささやかなことだったとしても、なにかひとつくらいはさ。
おれはそれを聞かせてほしいんだよ。
自分が「いいこと」だと思っている、自分がした「いいこと」だと思い込んでいる、
そのちゃちでくだらない、とるに足らない、ちっぽけなことをさ。
だってそうだろう?
今この場で言うことというのは、地獄行きを覆せる、
そのたったひとつで天国行きに変えられる、そう信じて口にすることだ。
その善行が小さければ小さいぶんだけ、ささやかであればささやかなぶんだけ、
こんなにおもしろいことはないだろう。
だからほら、聞かせてくれよ。
ああ、そんなに怯えなくてもいいよ。
あんたが行く先はもう決まっている。
あんたが抵抗したってなにを言ったってそれは変わらない。
そりゃそうだろう。
三十五年前におれを殺したあんたが、天国に行けるとでも?
ねえ、うまくやったもんだよね。
生きてる間に、きっちり隠し通したんだから。
でもあんたは忘れてなかった。
おれを見たときのあんたの顔がその証拠だ。
うれしいね、おれのこと、ちゃんと覚えててくれたんだ。
おれもあんたのこと、ひとときだって忘れたことはなかったよ。
その思いが強すぎて、ほら、この有様だ。
気づいたら死神なんてものになっちゃってたんだよね。
それでずーっと、いつかあんたが来るのを、今日という日を待ってたんだ。
三十五年かあ。
人間でいったらけっこうな年月だよねえ。
おれはほら、変わらないけど、あんたはすっかり年寄りだもんね。
ああ、もうこんな時間か。はやく聞かせてくれよ。
実はそんなに暇なわけじゃないんだ。
なにしろおれは死神としてはまだ新人だからね。
あんまり遊んでると怒られちゃうんだよね。
うん、そう、これは単なるお遊びだよ。
でも、すこしくらい許されるだろう?
ねえ、ほら、教えてくれよ。
あんたはおれを殺してからこれまで、いったいどんなつまらない生き方をしてきたんだい?
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